付録














(『成都』は趙雷(ジャオ・レイ)の曲(フォークポップ調で広く歌われている)。四川省の都市・成都の地名ではなく、作品のタイトルを指す。)

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あとがき — 三千年のあと¶
この本のなかに、
すでに名を馳せていた人、
このあと名を馳せるようになる人が
登場する。
また、
これから名を残すであろう人も。
だがこの本は、
彼らが「のちに誰になったか」を
書いたものではない。
いくつかの出来事は、
世に見いだされるまえに起きていた。
いくつかは、
雲を突き抜けたあとのことで、
大地のうえで
私と出会った。
黒板のまえに立つ人、
オフィスでコードを書く人、
舞台で歌う人、
ひとつの
はじまったばかりのことをしている人。
立ち位置もちがう。
時間もちがう。
出会いそのものは、
みな真実だった。
紙になったのは、
ほんの一部。
まだ多くの人と、
多くのことが
書かれていない。
落筆忍べぬものもあれば、
多くを語りがたいものもあり、
またいくつかは
時間にゆだねるべきだった。
残るものは、
紙の字だけではない。
世界は彼らの名を記憶する。
私が覚えているのは、
人込みのなかでの彼らの姿—
高みにいるときだけではない。
それは
名声の話ではない。
成功や失敗の話でもない。
人と人とのあいだに、
かつて、
ちがう高みで、
ちがう分野で、
ちがう時間に、
確かに生じた
つながりのことだ。
三千年のあとには、
もはや
人なのか、
それ以外なのか
わからなくなっているかもしれない。
この土地には
究極、
歩いたあとだけが残る。

